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【DV】父からの虐待と性的暴行未遂と死体遺棄(その1)

客観的事実をタイトルにしたら、なんか・・・犯罪者みたいになってしまった。

父は前科者ではありません。

ドメスティックバイオレンス

子どもの頃、父が不機嫌になることを私はひどく恐れていました。

父のストレス解消に“私”という玩具が使用されるからです。

 

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それはまさにフルボッコという言葉がぴったりの行為。

怒鳴りまくって、殴る蹴る・・・

父の気分がスッキリするまで暴行は続くのでした。

 

服はやぶれ、体はアザだらけ。

殴られながら「私・・・このまま死ぬのかなぁ・・・。」

と思ったこともあります。

 

父の怒りの理由や感覚はよく分からず、

予想がつかないものでした。

 

真夜中、布団の中で寝ているといきなり

「おんどりゃー、何寝とんねん!!」と言って、

私の胸ぐらをつかんで壁に投げ飛ばしたりしたこともあります。

自分が機嫌の悪い時は、誰かが寝ていることだけでも許せなかったようです。

 

私はいつもいつも緊張していました。

家の中で気を抜くと何が起こるかわかりません。

足音を立てることや、はしゃぐことだけでも

父の暴力の理由になりました。

 

家族の中で暴力を振るわれていたのは私だけだと思います。

離婚した母は父より年上で、気が強く口も立つ女性だったので、

一緒に暮らしている時に被害者になることはなかったです。

 

祖母も一緒に暮らしていましたが、

祖母は“自分でものを考える”ということを放棄した人で、

いつも父のいいなりでした。

 

しかも私が父に暴力をふるわれているのを見ると

「おまえが悪い!!」「おまえが悪い!!」

「お父さんに謝れ!!」「お父さんに謝れ!!」

ということを繰り返し口走っていました。

だから祖母も被害にあうことはなかったのです。

(ある意味、祖母が一番こわい)

 

家にいると父がいつ爆発するか分からないので、

気が休まることはありませんでした。

家に帰りたくなくて、毎日暗くなるまで外で遊んでいました。

 

そして幸いにも私は死ぬこともなく、致命的な傷も負うこともなく、

小学校を卒業するまでになりました。

 

中学に入った頃から父の私に対する暴力は終息。

殴ったり、蹴ったりするのに手頃なサイズじゃなくなったのかな?

・・・という冗談はさておき、父の私への興味は別の方向へ向かっていたのです。

 

(その2)へつづく

※過去のことは消化できているつもりだったので、余裕な感じで書いていたのですが、 途中から急に心臓がバクバクしだしました。 もしかしたら、当時の痛み・辛さが 記憶のどこかに残っているのかもしれません。