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町田康(INU/町田町蔵)と吉本ばなな

メシ喰うな メシ喰うな
INU
■ 曲名リスト
1. フェイド アウト
2. つるつるの壷
3. おっさんとおばはん
4. ダムダム弾
5. 夢の中へ
6. メシ喰うな!
7. ライト サイダーB(スカッと地獄)
8. インロウタキン
9. 305
10. メリーゴーラウンド
11. 気い狂て
メシ喰うな!

メシ喰うな!

  • INU
  • ロック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

CUT No.60(May 1997)処分に伴っての私的メモ。

町田康(INU/町田町蔵)か、吉本ばなながお好きな人だけお読みください。

 

関係ないけど、私は作家になった町田康のことを未だに「まちぞー」と呼び続けている。

 

町田町蔵が作家デビューした時、即効『くっすん大黒』を読んだのですが、「まちぞーが作家ー?」「どれどれ・・・ちょーwwwこんな自由奔放な文体見たことない!!」ともんどりうちました。

 

方向性がちょっと間違っているとは思ったけど、確実に天才としか言いようがなかったのを覚えています。

 

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 INUというバンドをやっていた頃から、町田康さん(当時は町蔵と名乗っていた)の才能を多くの人が特別な気持ちをもって見てきただろうと思う。その頃の「メシ喰うな」という曲は「国鉄の客」というところを除いたら、今作った曲と言われても何も驚かない、歌う彼の声を含めての歴史的名曲だと思う。「どてらい奴ら」というカセットブックは、いまだに繰り返し聞くことがある。一度もあらを発見したことがない分厚い作りで、これもまた日本の音楽史に残る名作だと思う。

 

 彼はパフォーマーとしてもたいへんに優れた人だと思う。体と場の連動に関する天才的な勘があり、役者をしているときにそれはよくわかる。役者としての彼は反射的に、観ているものが望んでいることの数歩先の動きや表情をするので、人は当然びっくりしてひきつけられる。彼が出た映画をたくさん見たが、最終的にその映画のよいところも悪いところもあらすじも全部忘れても、彼の演技だけを憶えている場合がほとんどだ。

 

 歌にしてもライブというものがあれほどライブである人はとても珍しい。ライブの成功失敗は、出来不出来の問題というよりひきつける力の強弱の問題だ。その日、その時に泡のように消えてしまう瞬間を、彼は歌いながらたくみに捉える。

 

 前に奥さんの敦子さんから、いい話を聞いた。私の同棲問題がワイドショーで取りざたされた時のことだった。ひとりぐらしにあんまりむいてない私は家を出てからは常に同棲か半同棲をしているのに、玄関を出たところに立っていたレポーターが、もう三十近かった私におおまじめに「吉本さーん、ご結婚は考えてらっしゃいますかー?」と問いかけてきたので、それまでは一生懸命深刻な顔をしていた私の口元がちょっとゆるんだ瞬間を、町蔵(当時はまだ町蔵だった)は見逃さなかったらしい。「TVの前で『あー!惜しい!そこで笑ったらあかん!』と叫んでましたよー。」と敦子さんは言った。私は、ああ、あの人のステージ上の完璧さは、人に見られるもののあり方を、ばかばかしさも含めて冷静にわかっているんだ。のめり込むことも全くなく、どう動いたら効果的なのか知っているんだ、才能なんだなぁ、としみじみ思った。

 

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 これまでに発表されたふたつの小説作品「くっすん大黒」「河原のアパラ」の、テーマはほとんど同じである。しかし、文章といいイメージの広がりといい、二作目のほうが断然いいというのが珍しい。自分のことも含めて、古今東西、二作目のほうが一作目よりいい人はいないといっても過言ではない。彼の、世に出てからのキャリアの底力を感じさせる。また、そのテーマは小説を書こうとしてしぼりだされたものではなく、町田氏が本来、生まれながらにして抱き、愛し、愛想をつかしつつ、日々戦っているものであろうと思う。筋金入りである証拠に、町田氏の音楽のテーマも基本は全く同じだ。たとえば引用してある「どうにかなる」という歌、これだけを読んだらものたりなくても、これをもしもライブで曲と演奏と本人のパフォーマンス込みで味わったなら、それは一作の小説を読んだと「全く」同じことになる。

 

これはありそうでなかなかないことで、たいていはどっちかのジャンルに出来不出来があるものだ。この場合「本人」が一番強いという現象が起こっていて、それは時間と手間とが重なって奇跡的に誕生した日本人版のボリス・ヴィアンというようなことだが、実はとっても貴重なことだと思う。反対に、小説というのは音楽に比べて使えるものがそうとう減って言葉だけになっているのに、彼は音楽を作るのと同じ調子で、内面世界を完璧に再現しているということになって、これも珍しい才能だ。

 

 ともかく作家は、みな、このマイテーマが見つけられないことにより腐っていくものであるし、これを見つけるのが人生の意味を見つけることの同義語だとすると、あの若さでそのようなものを持っている彼の深みはすごい強みだ。彼の心象風景は懐かしい。そこには果てしない無力感と、妙な明るさと、ユーモアと、光がある。その光は太陽の光ではない。白く透明な、鈍い光を放つ、救済の光だ。彼は何から救われたかったり救われたくなかったりするのか、わからない。しかしその求道という言葉がぴったりの明るくつらい道筋は、妙に心に響いてくる。怒りでも目的意識でもない、決して希望的でもない、中庸を生き中庸を笑うこの力こそが、現代にまみれてぐしゃぐしゃになっている日本人が失ってはいるが奥底に秘めている、何か大切な力なのかもしれないと思った。

 

まさにこれは日本人のために日本人が書いている珍しい小説で、彼の書いているものこそは今、この世からまさに消えて行こうとしている日本の純文学なのではないだろうか。いろいろ反論はあると思うけれど、この行き場のなさ、これこそが純文学の魂だと思う。人の中にこの形でしか癒されないものは常に存在する。読んだ後に釈然とはしないが強いものに翻弄されたという不快感を持つ人も確かにいるだろう、もしかしたら心の風景が懐かしく親しいものに思える世代が減ってきているのかもしれない、しかし私はこの人の小説の場所があると思う。現代に必要な小説だと思うのだ。

吉本ばなな

△「河原のアパラ」も収録されています。

 

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