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『全体主義の起原 3 ― 全体主義』ハンナ・アーレント

全体主義の起原 3――全体主義 【新版】

1933年、アドルフ・ヒトラー率いるナチスが選挙で大勝。

それは大衆による圧倒的な支持によるものでした。

こうして生まれた全体主義体制は、やがてユダヤ人大虐殺にまでつながっていきます。

 

政治哲学者ハンナ・アーレントは分かりやすい世界観こそが大衆を引き付けたと考えました。

どこにでもいる「大衆」が、全体主義に突き進んでいくプロセスとは・・・。

 

『全体主義の起原 3 ― 全体主義』

アーレントは第一次世界大戦の敗戦後、ドイツにおいて「大衆社会」が本格化していったと指摘しました。

ワイマール憲法の成立による議会制民主主義が社会を大きく変えたのです。

議会を中心に政治が動くようになり、あらゆる人が政治に影響力を持てるようになります。

 

それは政治に関心がない人たちも政治に参加できることを意味しました。

皮肉なことに権利を求めて戦う緊張感が薄れ、政治を人任せにしてもよいという受け身の人たちも増えることになったのです。

それが「大衆」であり、そこから全体主義運動が生まれるのだとアーレントは考えました。 

 

全体主義運動は大衆運動である。

それは今日までに現代の大衆が見出した、

彼らにふさわしいと思われる

唯一の組織形態だ。

この点で既に、

全体主義運動は

すべての政党と異なっている。

大衆は共通の利害で結ばれてはいないし、

特定の達成可能な

有限の目標を設定する

固有の階級意識を全く持たない。

彼らは普通の時代には、

政治的に中立の態度をとり、

投票に参加せず政党に加入しない生活で

満足しているのである。

 

「大衆」の特徴とは、政治的な問題や公的な問題に無関心で中立であること。

共通の利害が階級意識によって結ばれた政党・利益団体に属さない人々の集団。

自分たちが何をやったら幸福になるのかがはっきり分からず方向性を見失っている人たち。

全体主義はそうした大衆によって発生した動きでした。

 

Point

【市民社会】

政治意識を自覚した人たちの社会。

利益・権利・理念を共有している政党によって動かされている。

 

【大衆社会】

色んな権利がある程度実現されて、これ以上何を要求したらよいのかはっきりしない人たちの社会。

自分が気に入ることを言ってくれるのを待っているお客さんの態度。

自分の味方が誰だかわからないから、権利・自由・民主主義のレベルではなく世界全体の動きを示してくれるようなものを求めるようになっていった。

不安を抱えた大衆がどのように全体主義に流れていったのか

全体主義運動は、

一貫性を具えた嘘の世界をつくり出す。

この嘘の世界は現実そのものよりも、

人間的心情の要求にはるかに適っている。

ここにおいて初めて根無し草の大衆は

人間的想像力の助けで自己を確立する。

そして、現実の生活が

人間とその期待にもたらす、

あの絶え間ない動揺を免れるようになる。

 

アーレントは大衆が「嘘の世界」に魅了されていく過程をこう考えました。

資本主義が発達して社会構造が変わると、大都市に様々な階層、地方出身の人々が集中し、混在して暮らすようになりました。

そして階級や職業が流動化し、根無し草になった大衆は国民国家に自ら積極的に寄与する意識を失い、バラバラの単なるアトム(原子)のようになっていったのです。

 

第一次世界大戦で敗戦したドイツは領土を削られ、多くの賠償金を課せられました。

さらに1929年に始まる世界恐慌で経済が大打撃を受け、街には失業者があふれたのです。

不安にさらされた大衆が求めたのは、厳しい現実を忘れさせ、安心して頼ることのできる「世界観」でした。

 

それを示してくれたのがナチスのような「世界観政党」です。

ナチスは大衆に向かい、現実的な利益ではなく「世界や社会の本来の在り方」といった理念や「優良な民族の歴史的使命」といった虚構の世界を訴えました。

そこに、とにかく救われたいともがく大衆がすがりました。 

 

全体主義組織では、

嘘は構造的に組織自体の中に、

それも段階的に組み込まれることで

一貫性を与えられている。

このヒエラルキー(組織内の階層)もまた、

秘密結社における奥義通暁の

程度によるヒエラルキーと

きわめて正確に対応している。

 

世界観政党はまるで秘密の奥義を持つ「秘密結社」のようなものでした。

その奥義に通じる程度によって、組織の中にヒエラルキーが形成されていったのです。

そして、奥義に通じた少数の幹部がつく嘘は下部の構成員が周りを何重にも取り囲むという形で外の現実世界から守られていました。

 

1939年、第二次世界大戦が始まるとナチスドイツはその世界観を実行に移し、支配地域のユダヤ人を強制移送、収容所に隔離します。

アーレントはこの絶滅収容所こそ「人間は完全に支配されうるものである」という「全体主義」の世界観を証明する実験室であったと考えました。

 

そこでは頭髪が刈り取られ、名前も奪われて番号で呼ばれるようになり、周到に計画された拷問によって、その人格が完璧に破壊されていきました。

 

ここでは殺害は

まったく無差別におこなわれる。

まるで蚊をたたきつぶすようなものだ。

誰かが死ぬのは、組織的な拷問

もしくは飢えに堪えられなかった

からかもしれないし、

あるいは収容所が一杯になりすぎていて、

物質としての人間の量の

超過分を処分しなければ

ならなかったからかもしれない。

また逆に、新たに供給される

物質としての人間の量が

不足する場合には

収容所の定員充足率が下がり、

労働力不足になる危険が生じるので、

今度はあらゆる手段をもって

死亡率を減らせという

命令が出されることもある。

 

この事態をアーレントは「人間の無用化」と呼びました。

全体主義の支配はとどまることを知らず、人間の死の尊厳すら奪っていったのです。

 

強制収容所は死そのものをすら

無名なものにすることで、

死というものがいかなる場合にも 

持つことができた意味を奪った。

それはいわば、

各人の手から

彼自身の死をもぎ取ることで、

彼がもはや何も所有せず

何ぴとにも属さない

ということを証明したのだ。

彼の死は彼という人間がいまだかつて

存在しなかったことの確認にすぎなかった。

 

Point

それまでの反ユダヤ主義なら自分たちとは違う種類の「人間」と見ていたものが、この時には食肉のための動物と同じレベルで、物質としか人間を見なくなっていた。

もともと人間同士の連帯の基盤は盤石なものではなく、かなり努力をしないともたないもの。 

ヨーロッパの場合は文化や制度があったおかげで何とか維持できていたものが、その制度を徐々にナチスが壊したせいで、一線を越える結果となってしまった。

私たちの身近な問題

  • 日本に貧困な学生が増え、大学や高校を中退している人が増えているという話を聞くと、海外にそんなに援助しなくてもいいのではないかという感覚になったりする。 

  • 世界は自分の周りだけ。世界がうまくいくかどうかは自分の周りの人たちの状況が良くなるかどうかだけという狭い視野になる可能性。

  • インターネットの世界も自分に都合のよい情報だけを見る傾向がある。自分の都合のいい世界だけで生きられてしまうようになっている。

 

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