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カズオ・イシグロの文学白熱教室【ノーベル文学賞受賞決定!】-前編-

[まとめ買い] カズオ・イシグロ作品

 

※2015年7月17日放送『カズオ・イシグロの文学白熱教室』

カズオ・イシグロ

世界40ヶ国以上で著書が出版され、高い評価を受けている作家です。

1989年に出版された長編小説『The Remains of the Day』(日の名残り)で英文学の最高峰のブッカー賞を受賞。

この作品は映画化され、絶大な評価を受けました。

数年に1作品という寡作ながら、人間の本質に迫る本格的な作品で、世界中から注目されています。

今年3月、10年ぶりとなる長編小説『The Buried Giant』(忘れられた巨人)を発表。

欧米でブームが巻き起こりました。

そのカズオ・イシグロ氏が来日。

英文学を学ぶ学生たちを前に特別講義を行いました。

作家自身が語る『文学白熱教室』です。

 

こんにちは皆さん。

集まってくれてありがとう。

まず初めに、皆さんに聞きたいことがある。

なぜ小説を読みたいと思うのか。

そして我々はなぜ小説を書きたいと思うのか。

 

私たちの社会では、なぜかフィクションや小説は文明にとって重要だと認識されている。

だが、私たちが暮らしているこの現代、フィクションや小説の重要性が不確かなものになっている。

小説は本当に娯楽の一手段以上のものなのか。

社会にとって本当に重要なものなのか。

今日はこのような問いかけを皆さんと一緒に考えていきたいと思う。

 

でも私は専門家ではないから、その答えは出せないだろう。

私は小説家だ。

膨大な時間をかけて事実じゃない話を作り上げている。

事実ではない話をたった1つ考えるのに何年も費やすことがある。

それをどう伝えるか、どうしたら良くなるか・・・考えながらだ。

 

なぜわざわざこんなことをするのか。

なぜ皆さんも事実ではない話を読みたいと思うのか。

なぜエッセーとか歴史の本じゃないのか。

なぜ科学の本じゃないのか。

歴史や科学の本には確かな事実がつまっていて、知識も得られるのに。

 

今日は「私がどうして小説を書くようになったのか」個人的な話をしたいと思う。

これは大学の講義ではないので、読者として、作家として皆さんと経験を分かち合いたいと思っている。

フィクションや小説を真剣にとらえている私たちだから、この問いについて一緒に考えていこう。

 

どうして小説を書き始めたのか

まず、私が小説家になった経緯を話したい。

また、その動機について話そう。

それにはまず、少し私の生い立ちから分かってもらった方がいいと思うので話そう。

ご覧の通り、見た目は日本人だ。

だが、欧米人のような振る舞いだと思うし、英語で話をしている。

 

私は九州の長崎に生まれ、今60歳だが、5歳になるまで長崎で暮らしていた。

九州に住んでいた。

もちろん、当時は日本語しか話さなかったし、住んでいた家も畳とかそういったもののある典型的な日本家屋だった。

 

5歳の時に両親と一緒にイギリスへ引っ越した。

そしてイギリスで育ち、イギリスの学校へ通った。

15歳になる時まで、ずっと日本に帰るものだと思っていた。

それが両親の予定だったからだ。

だからイギリスに永住はしないと思いながら育ったのだ。

いつか日本に帰るのだと。

 

なので私が「日本」と呼ぶところのかけがえのない場所が、いつも頭の中にあった。

それは記憶に基づいている。

私が幼い頃の記憶だ。

それにはイギリスで日本について読んだことや、両親に聞かされたことが混ざっている。

 

こうして私が「日本」と呼ぶ世界に思いを巡らして、私は育った。

日本の現実からかけ離れていたと思う。

飛行機に乗っても行くことができない。

気付いたのはそれだけじゃない。

年を重ねるにつれ、この世界が薄らいでいくことに気が付いた。

記憶と共に「日本」という世界が薄らいでいったのだ。

 

私が小説家になろうと思った動機は・・・当時小説にはあまり興味がなく、音楽に興味を持っていた。

ロックだった。

だが突然、23~24歳の頃、フィクションを書き出した。

私が頭で描いた「日本」を舞台にフィクションを書いた。

 

現実の日本をリサーチする気はさらさらなかった。

私はただ、この秘密裏に残していた個人的でかけがえのない「日本」を紙に書き記したかったのだ。

それが小説家になろうと思った本当の動機だった。

小説に書くことが、私の世界を安全に保存する方法だったからだ。

 

もちろん小説を書くわけだから、色々なテーマや社会問題を盛り込んで問題提起することもした。

だが根底にあった動機は、薄らいでいく記憶を保存したいという思いだったのだ。

1982年発表のデビュー作『遠い山なみの光』

イギリスに暮らす日本人女性が、戦後混乱期の長崎で、かすかな希望を胸に懸命に生き抜いた若き日々を振り返る。

娘を自殺で失った喪失感にさいなまれる中、新たな人生を求め、犠牲にしたものに思いをはせ回想した物語です。

その舞台となったのは作家イシグロの想像の中にだけある日本でした。

なぜ小説を読みたいのか なぜ書きたいのか

では、最初の問いに戻ろう。

「なぜ小説なのか?」

小説というものは・・・フィクションの世界とは、自分のために存在する世界を保存できる一つの場所だと思う。

そこに感情や情景をつめ込むことができる。

小説ならば、自分の情緒的な日本というものをとどめることができる。

それが私の出発点となったのだ。

 

フィクションを書くことで、こうして世界を作り出すことができる。

自分の心や頭の中にある内なる世界を、人が訪れることができるような具体的な世界を外に創る方法だ。

そうすれば、私は安心できる。

もう心配しなくてもいい。

私の「日本」はそこに安全に保存されることになるからだ。

小説という中に。

 

「非常に個人的な世界を他人にも読めるようなものに書くというのは心配ではありませんでしたか?それとも人と分かち合いたいと思ったのでしょうか?」

 

とてもいい質問だね。

私の最初の2つの小説は「私の日本」が舞台だった。

でも、それは自伝的な小説ではなかった。

直接的にはね。

 

実際、その舞台は私が生まれる前の日本だった。

第二次世界大戦直後の復興の時代が舞台だ。

もし実際の体験や個人的なできごとがあるとすれば、それは私よりむしろ両親が体験したことに近いと思う。

 

最初から私は自伝的小説を書くことに興味は持っていなかったので、余計な心配はいらなかった。

むしろ自分が覚えている世界を創ることに重点を置いていた。

みんながどんな会話をして、どんな行動をとっていたのか、その時の雰囲気などだ。

視覚的に感覚として覚えている子供の頃の記憶を描きたかった。

 

空の色や路面電車の音。

路面電車がレールの上を走る時に立てるコトコトと鳴る音だとか・・・まるでおもちゃのような。

色や感触や食べ物を覚えているのだ。

私が実際に体験したことよりも、感覚的なことを保存したかったのだ。

 

「もし今、20代の自分に会えるとしたらどんなことを言いますか?」

 

もし会ったら色んなことを言いたいね(微笑)

でも、どうだろう・・・。

不思議なことに今の自分は20代の自分を称賛するだろう。

 

今だから分かることだが、今の書き方と当時は違う書き方をしている。

今の自分は作風をものすごく意識するようになったし、今の自分の方が技術的に優れていると思うが、若い作家としての若い自分をどこか羨ましいとも思う。

当時の自分には湧き上がるように想像をふくらませるパワーがあった。

年々失ってしまった子供時代とのつながりや記憶をまだ持っていたからだ。

 

初期の作品にはどこか特別な何かがある。

20代の作家にしかない独特の力だ。

年を重ねるにつれ、若い作家を羨ましく感じるよ。

若い時を作家として過ごす、その時間をね。

 

「私の日本」を舞台にした小説を2冊書き上げた後、「私の日本」として強調したけど私の中で創られた日本だから、小説を書いた後、フィクションを書く初期の目的は満たされた。

「私の日本」は安全なところにとどめることができた。

 

だが、同時に気付いたことがあった。

私の本はほとんど西欧社会で読まれ、特にヨーロッパやアメリカで読まれていた。

読者は、私の小説は特別な日本の話だと考える傾向にあった。

私は普遍的な人間の体験だと思って表現したんだが、人はこう言うわけだ。

「あー、日本ではそういうことなんだ」

私が社会について何を書いても、日本社会のことだと関連づけられてしまっていた。

「日本人の考え方」「日本人のマインド」と受け止められたのだ。

 

かなり前になるが、当時1980年代はまだ日本という国や日本の文化は、今のように世界に知られていなかった。

だから人々は日本を異国情緒あふれる不思議な文化の国だと考えていた。

これを私は問題だと感じ始めたのだ。

ちょっとうぬぼれた言い方をすると「他の小説家とは違う。これは自分の独特なスタイルだ」と思っていたことを、人々はすべて「日本のこと」と受け止めた。

 

私は人間性や人間の経験に関する普遍的な真実について綴る作家として認識されたいという欲求に駆られた。

「ジャーナリストや旅行作家や外国特派員として日本のことだけを書いているんじゃないのだ」と。

そしてこういうことになるのは、読者の読み方にも限界があるからだと思った。

 

そこではっきりと決断した。

舞台が日本ではない小説を書こうと。

読者はどう思うだろうか。

受け入れてもらえるのか。

それとも反発するだろうか。

 

読者は私が日本についてよく知っていると思ったからこそ、私に特別な役割を授けたのだろうか。

もし私がその役割を放棄したら、興味を持たなくなるかもしれない。

そういう恐れもあった。

だが、私の決心は固かった。

普遍的なことを描く作家として認識されたかったのだ。

 

そして書いた3冊目が『日の名残り』だ。

それはいかにもイギリスらしい舞台で展開する。

だが、物語は2冊目『浮世の画家』とほぼ同じだ。

その舞台は第二次世界大戦後の日本だった。

 

物語の流れはほぼ同じで、設定をイギリスに移しただけなのだ。

それがかなりうまくいって私の代表作となった。

賞も受賞し、私が世界的に知られるきっかけにもなった。

アンソニー・ホプキンスやエマ・トンプソンなどが出演して映画にもなった。

イギリスのとある地方にある荘厳な貴族の館。

そこで執事を務める主人公は、完璧な仕事ぶりを常に心がけていました。

執事としてのあるべき姿、理想を追い求めていたのです。

しかし、戦争を機に屋敷をめぐる情勢がすっかり変わってしまいます。

 

外に出てみれば、彼の価値観はすでに時代遅れのものになっていました。

それでも主人公は感情を押し殺して、主に盲目的に仕えることを良しとし、仕事に没頭することで自らの尊厳も守り続けようとします。

 

私はある意味うまくいったと思った。

私の物語はもっと広い範囲に当てはまるとみんなに気付いてもらえた。

また、私はあることを発見した。

物語の舞台は動かせるのだと。

舞台設定は物語の中で重要な部分じゃない。

 

これに気付いた後、舞台設定を探すのが難題になった。

あまりに自由になってしまったからだ。

このところ、これにかなり悩まされている。

舞台設定をためらい、場所を決めるのに長い時間を費やしてしまう。

物語を色々な舞台へ、世界中の様々な場所、様々な時代へ移せると分かってしまったからだ。

 

ジャンルだって変えられるだろう。

SFにも中世の怪奇小説にも、推理小説にだって仕立てられる。

そこで私が心がけているのは、そのアイデアを簡潔に2つ3つのセンテンスの文章にまとめること。

もしまとめられないなら、そのアイデアは今一つということの証拠だ。

あるいはまだ熟してない。

 

それでも私は思いついたアイデアを2つか3つ、長くても4つの文章でまとめようとする。

ノートに書きとめたアイデアを見返して、その短い文章だけでアイデアの発展性や湧き上がってくる感情があるかどうか確かめる。

短い文章に私を悩ましたり、刺激したりするような世界が広がっているのかどうか確かめる。

あらすじ以上のものがないと駄目なのだ。

これなら物語を作り上げられると思えるようなものじゃないと。

 

往々にしてアイデアというものは時代や場所が決まっているわけじゃない。

抽象的で「何とかの話である」ぐらいから始まる。

私の3冊目の本はこんなふうにまとめられる。

「完璧な執事になりたがっている男の話で、私生活やその他のことを犠牲にしてまで完全無欠な執事になりたいと願っている」

これがアイデアだ。

 

舞台は日本に設定することも可能だし、4世紀前の設定でもいい。

現代でもいいし、未来の話にしてSFかファンタジー小説にしてもいい。

こうしてアイデアをどんな舞台にも動かせると知ったおかげで困ったことになった。

まるで高級なレストランへ行ってメニューを見て、何を選んでいいのか分からない状況と同じなのだ。

 

だから私はいつも選択を迷っている状態にある。

舞台の選択肢があり過ぎてだ。

少なくともこれがここ20年間、大きな負担となっている。

いいと思えるアイデアが浮かんで書く意欲は湧いているのに、舞台をどこに設定すればいいのか決められない。

 

では、最初の問いに立ち返ろう。

「なぜ小説なのか?」

ルポルタージュやエッセイと比べて何が小説を特別にしているのだろう。

まさに今、話したことの中にヒントがあるのではないか。

 

小説の価値というのは、表面的にあるとは限らない。

歴史書を時代を変えていいとしたら、おかしなことになる。

歴史家がそんなことをしたら許されないだろう。

でも小説では可能だ。

 

つまりこれは物語の意図するものは、表面の細かい部分にはそう結び付いていないということを意味する。

小説の価値はもっと深いところにある。

創造したアイデアの奥深いところにあるのだ。

 

だからアイデアを色々な舞台に設定して考えてみる。

どこに設定するのが一番うまくいくのかと。

ここか、別の場所か。

どの設定ならアイデアに命が吹き込まれて生き生きとするのか。

 

「小説を完成させるまでの時間のうち、どのくらいロケーションハンティング、つまり舞台設定の下調べに費やしているのか教えて下さい。書き始める前に行うんですか?それとも書いている途中で行いますか?」

 

まさにそこが問題なんだ。

私はロケハンに時間を費やし過ぎる。

私は書き始める前にロケハンをして、舞台設定を決めようとする。

それがいいからね。

経済的で理にかなっている。

 

僕だけの問題かもしれないが・・・

実は『わたしを離さないで』は2回書き損じているんだ。

ロケハンが終わって、舞台設定はもう決まったと書き始めたが、どうもうまくいかない。

筆が進まないかった。

「舞台設定が悪いんじゃないか」と思った。

 

『わたしを離さないで』では、舞台設定は3回目でやっと決まったんだ。

SF小説にしようとね。

何らかの理由で、若者たちがある意味、老人のように命に限りがあるという設定の物語が書きたかったからだ。

外界から隔絶された寄宿舎に暮らす子供たち。

そこでは異常なほど厳格な暮らしが守られています。

外へ出ることは禁じられ、異様なまでの健康診断など、厳しく管理されています。

 

やがて過酷な運命の日がやってきます。

彼らは臓器提供をするためにだけ育てられたクローンだったからです。

ごく限られた長さの命を生きるという独特の世界観の中で、読み手に「命とは何か」問いかける物語です。

 

小説で使った手法は、奇妙ななじみのない設定の中に物語を置いて際立たせるというものだ。

そして読んでいくうちにこう考え出す。

「この状況は自分たちが置かれている状況とよく似ている」

主人公が語っているのは、自分たち人間のことだ。

富める者も貧しき者も、才能があろうがなかろうが、誰しも寿命がある。

 

小説『わたしを離さないで』では歴史上の問題とは違うが、臓器提供や科学研究の倫理的な問題が含まれている。

さらに遺伝子実験の問題も。

書き始めた時に中心に据えていなかった一連の問題が、避けようもなく噴き出してくる。

 

小説を書く時は問題の層がいくつもあるということを認識する必要があり、私もそれを自覚している。

ある程度それらの問題に対しても責任を持たなければならないと思う。

作品の目的のために何かを取り上げる時は、付随する問題に対して真摯にあたる必要があると思う。

それを小説の仕掛けとして使うのだから。

常に責任を意識してもいるが、心の奥底にはどこか罪悪感も残っている。

 

では、もう一度最初の問いに戻る。

「フィクションとは何なのか」

フィクションでできることは、異なる世界を創り出すことだ。

これが小説に価値がある理由の一つだと思う。

 

私たちは異なる世界に入り込むことで思い起こす。

実生活の中で生まれている多くのことは、想像から生まれたものなのだと。

多くの文明の利器は、まず想像されて、そして実際に創り出された。

私たちは心のどこかに異なる世界に行ってみたいという願望があり、その世界は自分が知っている現実とは異なっていてもいいのだということに気付いている。

こんな効果的なことができるのはフィクションだけだ。

 

小説と同じように映画でもできる。

演劇もそうだ。

つまり、一般的な意味のフィクションだ。

私たちはどこかで異なる世界を必要とし、そこへ行きたいという強い欲求がある。

このような世界はノンフィクションやルポルタージュでは生み出すことはできない。

 

後編につづく▽

 

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